地震学に敗北などない [ 知識ゼロから学ぶ地底のふしぎ]
先週、静岡市で開催された地震学会で行われた特別シンポジウムが話題だ。
「今回のM9地震に関して、地震学は敗北を認めた」との見出しが新聞を飾った。
以下は関連記事だ。著名な地震学者達のコメントもあるので引用する。
●「なぜ想定できなかった」東日本大震災“自省”シンポ
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20111008-00000121-san-soci
「東日本大震災では、そもそも専門的見地からの地震の見立てが間違っていた」
●大震災予知できず 東北大松沢教授 異例の反省の弁
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20111014-00000003-khks-l04
「プレート(岩板)境界の固着が弱いという状況証拠と100年ほどのデータから
M7~8程度の地震しか起きないと判断してしまった」
●「大きな敗北」「非常に反省」
=予知不可能の意見も―大震災で特別シンポ・地震学会
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20111015-00000065-jij-soci
「このシンポが地震学会の始まりとなる。忌憚ない意見をお願いしたい」
「大震災を受け、地震発生の仕組みの研究や国の地震対策などはリセットするべきだ」
陸上・海底の地震調査のリーダー達からも、同様の発言が既に発せられている。
●崩れた地震学、学者ら予測できず 「歴史の空白」盲点に
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110414/dst11041417240047-n1.htm
島崎邦彦東大名誉教授(地震予知連絡会会長) ※Youtubeの動画が有名だ
「(今回のような巨大地震は江戸以降もなく)
起きないという考えに自然と傾きがちだった」
●Ocean Drilling Science Plan to Be Released Soon (AGU EOS, Apr. 26, 2011)
http://www.wcrp-climate.org/documents/2011EO17_tabloid.pdf
末広潔前JAMSTEC理事(IODP-MI代表)「私を含む多くの地震学者は、
東北沖でM9の地震が起きるうるとは、事前に考えていなかった」
これをもって「いまさら何を言うか」「さらに巨額の予算を取るためのブラフ」
という厳しい意見も聞かれるが、私が思うに、多くの地震学者は今回の件で真に
落胆し、自省している。同じ事は1995年の兵庫県南部地震でもみられたが、
今回の東北地方太平洋沖地震は桁違いに大きくまた「本命」と思われていた
プレート境界型地震であった。学者自身が感じる無力感は16年前と比べ物に
ならず次にどうすればいいか迷っている段階なので、ブラフの暇などないだろう。
----
ところで多くの新聞が書いたように「地震学は敗北した」のだろうか?
「学問の敗北」を考える上で、経済学で有名な逸話「ブラック・スワン」を取り上げよう。
・・・かつて欧州では、白鳥は白色と決まっていた。なぜなら歴史上、白色の白鳥しか
見つかっていなかったからだ。「黒い白鳥を探すようなものだ」という諺が「ムダ」
の喩えであったほどだ。ところがいまから300年ほど前、オーストラリアで「黒い白鳥」
が見つかった。鳥類学者の常識が大きく崩れることになったのだ。経済学者は、
これを引き合いにして、過去の常識や経験からは予測できない極端な現象を
「ブラックスワン」と呼ぶことがある。
2007年の世界金融危機の際にはこの言葉が多用された。考えてみれば、
今回の地震は、地震学のみならず日本全体にとって巨大なブラックスワンだった。
●「ブラックスワン理論」ってどんな理論?
http://trendy.nikkeibp.co.jp/tvote/poll.jsp?MODE=RESULT&POLL_ID=20081216
ところで槍玉にあげられた鳥類学者達はその後どうしたか?考えてみれば、
生物学にとって同様の驚きは常であり、例えばガラパゴス諸島での驚きから
ダーウィンの進化論がもたらされたことは有名である。物理学にしても既存の
理論が1つの発見により覆されるケースは多い。このような一大事件は科学を
進展させる原動力になる。すなわちブラックスワンは学問の進歩のキッカケ
なのである。さて、学問に敗北などあるのだろうか?むしろ今回の地震は
地震学を大きく前進させる起点となるのではなかろうか?
先のシンポも本旨はそこにあったのではないか?
(私は学会に出られなかったが、マスコミの方々、いかがであろうか?)
----
敗北があるとすれば(むろんある)、それは学問ではなく、学問に基づく将来予測
であろう。なので、国の地震予知体制については厳しく批判されるべきであろう。
しかし(少し驚くかもしれないが)、地震予知体制について、地震学会は批判
されるべき位置にはない。そもそも地震学会とは「地震学の進歩・普及を図り、
わが国の学術の発展に寄与することを目的」とした団体である(学会定款)。
国民の生命・財産を守ることが目的ではない。
それはそれでいかがなものかとも思うが、米国などとは異なり、そもそも日本の
学協会の発言力は著しく低い。学会の親玉(?)ともいえる日本学術会議ですら、
下記のようである。
●米国科学アカデミーと日本学術会議の違い(サイエンスポータル)
http://scienceportal.jp/news/review/1110/1110061.html
日本の場合は、地震予知体制を動かしているのは内閣府・文科省・国交省・経産省等
であり、シンクタンクは大学や研究所である。前述の先生方が「敗北」の弁を語るのは
ご自身が地震予知体制にも深く関与されているからであろう。これらの自省の弁は、
原子力関係の学会や専門家のそれよりも、はるかに踏み込んだ発言であり、透明性も
高いように感じられる。しかしその「敗北・反省」については当該の学会や個人から
ではなく、地震予知関連の各組織から出されるべきものであるが、
(震災のお見舞いの御挨拶以外に)具体的な声はまだ聞こえては来ない。
来年度予算を編成中の昨今、また話題となるだろう。
「今回のM9地震に関して、地震学は敗北を認めた」との見出しが新聞を飾った。
以下は関連記事だ。著名な地震学者達のコメントもあるので引用する。
●「なぜ想定できなかった」東日本大震災“自省”シンポ
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20111008-00000121-san-soci
「東日本大震災では、そもそも専門的見地からの地震の見立てが間違っていた」
●大震災予知できず 東北大松沢教授 異例の反省の弁
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20111014-00000003-khks-l04
「プレート(岩板)境界の固着が弱いという状況証拠と100年ほどのデータから
M7~8程度の地震しか起きないと判断してしまった」
●「大きな敗北」「非常に反省」
=予知不可能の意見も―大震災で特別シンポ・地震学会
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20111015-00000065-jij-soci
「このシンポが地震学会の始まりとなる。忌憚ない意見をお願いしたい」
「大震災を受け、地震発生の仕組みの研究や国の地震対策などはリセットするべきだ」
陸上・海底の地震調査のリーダー達からも、同様の発言が既に発せられている。
●崩れた地震学、学者ら予測できず 「歴史の空白」盲点に
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110414/dst11041417240047-n1.htm
島崎邦彦東大名誉教授(地震予知連絡会会長) ※Youtubeの動画が有名だ
「(今回のような巨大地震は江戸以降もなく)
起きないという考えに自然と傾きがちだった」
●Ocean Drilling Science Plan to Be Released Soon (AGU EOS, Apr. 26, 2011)
http://www.wcrp-climate.org/documents/2011EO17_tabloid.pdf
末広潔前JAMSTEC理事(IODP-MI代表)「私を含む多くの地震学者は、
東北沖でM9の地震が起きるうるとは、事前に考えていなかった」
これをもって「いまさら何を言うか」「さらに巨額の予算を取るためのブラフ」
という厳しい意見も聞かれるが、私が思うに、多くの地震学者は今回の件で真に
落胆し、自省している。同じ事は1995年の兵庫県南部地震でもみられたが、
今回の東北地方太平洋沖地震は桁違いに大きくまた「本命」と思われていた
プレート境界型地震であった。学者自身が感じる無力感は16年前と比べ物に
ならず次にどうすればいいか迷っている段階なので、ブラフの暇などないだろう。
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ところで多くの新聞が書いたように「地震学は敗北した」のだろうか?
「学問の敗北」を考える上で、経済学で有名な逸話「ブラック・スワン」を取り上げよう。
・・・かつて欧州では、白鳥は白色と決まっていた。なぜなら歴史上、白色の白鳥しか
見つかっていなかったからだ。「黒い白鳥を探すようなものだ」という諺が「ムダ」
の喩えであったほどだ。ところがいまから300年ほど前、オーストラリアで「黒い白鳥」
が見つかった。鳥類学者の常識が大きく崩れることになったのだ。経済学者は、
これを引き合いにして、過去の常識や経験からは予測できない極端な現象を
「ブラックスワン」と呼ぶことがある。
2007年の世界金融危機の際にはこの言葉が多用された。考えてみれば、
今回の地震は、地震学のみならず日本全体にとって巨大なブラックスワンだった。
●「ブラックスワン理論」ってどんな理論?
http://trendy.nikkeibp.co.jp/tvote/poll.jsp?MODE=RESULT&POLL_ID=20081216
ところで槍玉にあげられた鳥類学者達はその後どうしたか?考えてみれば、
生物学にとって同様の驚きは常であり、例えばガラパゴス諸島での驚きから
ダーウィンの進化論がもたらされたことは有名である。物理学にしても既存の
理論が1つの発見により覆されるケースは多い。このような一大事件は科学を
進展させる原動力になる。すなわちブラックスワンは学問の進歩のキッカケ
なのである。さて、学問に敗北などあるのだろうか?むしろ今回の地震は
地震学を大きく前進させる起点となるのではなかろうか?
先のシンポも本旨はそこにあったのではないか?
(私は学会に出られなかったが、マスコミの方々、いかがであろうか?)
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敗北があるとすれば(むろんある)、それは学問ではなく、学問に基づく将来予測
であろう。なので、国の地震予知体制については厳しく批判されるべきであろう。
しかし(少し驚くかもしれないが)、地震予知体制について、地震学会は批判
されるべき位置にはない。そもそも地震学会とは「地震学の進歩・普及を図り、
わが国の学術の発展に寄与することを目的」とした団体である(学会定款)。
国民の生命・財産を守ることが目的ではない。
それはそれでいかがなものかとも思うが、米国などとは異なり、そもそも日本の
学協会の発言力は著しく低い。学会の親玉(?)ともいえる日本学術会議ですら、
下記のようである。
●米国科学アカデミーと日本学術会議の違い(サイエンスポータル)
http://scienceportal.jp/news/review/1110/1110061.html
日本の場合は、地震予知体制を動かしているのは内閣府・文科省・国交省・経産省等
であり、シンクタンクは大学や研究所である。前述の先生方が「敗北」の弁を語るのは
ご自身が地震予知体制にも深く関与されているからであろう。これらの自省の弁は、
原子力関係の学会や専門家のそれよりも、はるかに踏み込んだ発言であり、透明性も
高いように感じられる。しかしその「敗北・反省」については当該の学会や個人から
ではなく、地震予知関連の各組織から出されるべきものであるが、
(震災のお見舞いの御挨拶以外に)具体的な声はまだ聞こえては来ない。
来年度予算を編成中の昨今、また話題となるだろう。
MANTAさん
マスコミ報道には、どこか違和感がありました。いやあ 見事な論理的な説明で違和感が解消されました。ありがとうございます。
by saruwatari (2011-10-19 08:33)
saruwatariさん、コメントありがとうございます。
地震予知が科学・社会・政治・生活と深く関わっている分、責任の所在が
はっきりしないのでしょう。さて、これからどうなるか。
by MANTA (2011-10-19 21:45)
学問と「敗北」「勝利」等という単語が並ぶと、旧ソ連的で嫌悪感を感じます:これもソ連=悪という冷戦的ステロタイプに囚われているかとは思いますが。
by 火山の化学系 (2011-10-25 19:17)
ちょっと言葉が足りませんでしたが、いやーな感じがつきまとうのは、件の報道の方であって、MANTAさんが敢えて逆説的にタイトルに掲げた「敗北などない」ではありません:為念。
勝利を喜ぶ、あるいは、敗北に落胆する様な心の動きと自然や宇宙に真摯に向き合う学問的姿勢とズレた感じがするのです。
by 火山の化学系 (2011-10-25 22:07)
火山の化学系さん、こちらのコメントへお返事しておりませんでした。
とあるTV番組で「日本人はランキングが好きすぎる」という外国人のコメントが
紹介されていました。つまり海外では2位以下を一生懸命比べても、あまり
意味はないそうな。学問が成功・勝利することが重要視されるようになった日本は
ある意味欧米化が進んだと言えます。
しかし一方で、地道な基礎科学を守り育てる文化が海外にはある。
日本では、基礎的な知識やら技術やらは、海外から買ってきたり、誰かが
なんとかすればよくて、とにかく最終的には(製品になるなどして)売れれば
良いんだ、という風潮が明治以降ずっと続いているような気がします。
by MANTA (2012-01-01 09:41)
熊本地震の震度7を2回で、また敗北しましたが
by ジーク (2018-08-04 19:09)
ジークさん、そのとおりです。
地震予知は敗北の歴史であり、これからも敗北を重ねていくのです。
私達はどこに行くのでしょうか?
地震予知などという、地道な研究はやめてしまって、もっとお金になる
例えば情報テクノロジーとか、新素材開発に予算を使ったほうがよい
のでしょうか?
あるいは、もっと目から血が出るほど、予知予測精度をあげるべく、
湯水のごとく、災害予測にお金をつぎ込むのが良いのでしょうか?
批判は簡単。適切な未来をどう描くかは難しい。
by MANTA (2018-08-07 18:21)