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古いこと、温かいこと [▼研究実況 Now!]

先日の京都の町屋の記事に次のようなコメントを頂きました。
(アヨアン・イゴカーさん、ありがとうございます)

 >風情のあるお店ですね。この写真として見て、
 >失われつつある人間の暖かさを感じ、niceをつけました。

私は単なる観光客(あるいは酔客)として、京都の町屋への興味があって、その場の雰囲気を
楽しんだだけでした。でもそういわれてみれば… たしかにあの居心地の良さは温かさです。
人ではなく、建物に人間の温かさを感じるってなんだろう。。。
京都の町屋は古く、歴史を感じさせます。だから温かさを感じるんでしょうか?


 町屋に泊まったこともあります

でも最近は京都の町屋はレストランやカフェ、画廊や土産物店、それにホテルに生まれ変わり
つつあるようです。先日のまんざら亭さんも清水家さんも居酒屋です。これらの町屋はかつての
「住」という役割から、「食」「美」「泊」などに変わってしまっています。そこで感じる古さは、
実は商業的な見かけ上のものといえます(実際一部はリフォームされている)。

これはやむをえぬことです。古い家の維持管理は大変です。
例えばブログ「京に暮らして70年」さんでは(町屋ではないようですが)ご自宅の庭が
地盤沈下しているらしく、調べてみると配水管に原因があったそうです。

●古い家の地下は複雑
 http://shoshihara.cocolog-nifty.com/blog/2008/02/post_da96.html

こういうことが頻発すると、個人レベルでは町屋を手放すのも仕方ないでしょう。
さらに京都市は歴史的な町であると共に、140万人の人口を抱える大都市です。
古い歴史を大事に抱え、古い街並みだけをまもって生きているわけにはいきません。
町屋の再生は古き京都と次世代の京都の双方にとって必要なのでしょう。

---
「古いものの廃止や再生」といえば、近年次々に廃止される鉄道路線を思い起こします。
私のブログでも神岡鉄道廃線のお話を書きました。また下記ではこの3月末に区間廃止される
島原鉄道のレポートがあります。

●島原鉄道 冬の海(ブログ「天燈茶房 TENDANCAFE」さん)
 http://blog.goo.ne.jp/mitsuto1976/e/4c1f374afdf6fb803e32cd82d12dbecd

私は鉄道大好き!というわけではないですが、温かみがあっていいですね~
でも利用客がいなければどうしようもありません。
これをなんとか活用できるといいのですが… 寂しいですね。

---
再生された町屋に感じる温かさ、廃止される鉄道に感じる寂しさ。

町屋に感じる温かさの原因は、もしかすると古い建物そのものではなく、
「古いものでも使える限り使っていこう、残せる限り残していこう」という
地元の人々の気持ちなのかもしれません。
不便だったり、ぼろかったりしても、本来の目的から使い方が変わってきていても、
古いものを大事に使っていくことに、元来ケチな性分の私は惹かれます。

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いわゆる「モッタイナイ」という気持ちが温かさにつながる、、、のでしょうか?

追記(2/23):
「まちや」には「町家」と「町屋」の両方の表記があるそうです。前者が民家、後者が店舗だ
そうで、本当ならこの記事は「町家」と書くべきでした。ご容赦下さい。


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すうちい

コンクリートジャングルに住んでいると、木や土のぬくもりが懐かしくなります。京都は好き。でも奈良がもっと好きだなぁ。2週間くらい放浪したことがあります。
by すうちい (2008-02-20 23:17) 

mitsuto1976

MANTAさん、こんばんは。
当方の「天燈茶房TENDANCAFE」の記事を取り上げて下さってありがとうございます!

地域の生活の一部となっているローカル鉄道、地元の人たちの日常を運び続けた鉄路も、地方の過疎化と少子化、自家用車へのシフトなどで生活との繋がりが断たれてしまいつつあります。
新しいライフスタイルと引き換えに失われつつある、温かな人と人との繋がり。寂しいです…

しかし、町屋再生のように、ふるさとの鉄道の良さを再発見して再生していこうという取り組みも、少しずつですが着実に始まっています(富山ライトレールやわかやま電鉄貴志川線などがそうです)。
島原鉄道南線は消えてしまいますが、今後も全国で走り続けるローカル鉄道を応援していきたいと思います。
by mitsuto1976 (2008-02-21 00:41) 

アヨアン・イゴカー

引用有難うございました。
人間の温かさとは何か、と言う問題は重いので、京都の古い家に感じられる温かさは何かについて思ったことを簡単に述べます。
一つは建物の中から直接外に出てくる明かりです。その開放的な明かり、明かりの共有、それが人間同士のより親密な関係を自然に形成するような気がしました。
二つ目は、写真に写っている家のたたずまいが、量産されていない製品のもつ希少感を表し、それが、薄利多売の大量生産、統一規格の製品に対峙し、より人間性を感じさせるのかもしれません。
三つ目は、白熱電球の明かりの色です。これはいかにも暖かく、夕餉、団欒を連想させます。
by アヨアン・イゴカー (2008-02-21 01:01) 

SAKANAKANE

「古い」というコトに、「良さ」を感じられる、ゆとりが大切ですね。
by SAKANAKANE (2008-02-21 04:43) 

MANTA

>京都は好き。でも奈良がもっと好きだなぁ。
すうちいさん、私もです。観光するのなら奈良の方が静かでいいですね。
でも飲むならやっぱり京都です(笑)

mitsuto1976さん、おひさしぶりです。
島原鉄道が素敵で紹介させて頂きました。
>新しいライフスタイルと引き換えに失われつつある、温かな人と人との繋がり。
あ、そうか。自動車移動とは違って、鉄道だと人とのふれあいがありますね。
おばちゃんがみかんくれたり(なぜおばちゃんはみかんが好きなのだろう?)
by MANTA (2008-02-21 08:58) 

MANTA

アヨアン・イゴカーさん、コメントありがとうございます。
こうしていろいろコメントを頂けることがとても勉強になります。
>三つ目は、白熱電球の明かりの色です。これはいかにも暖かく、
>夕餉、団欒を連想させます。
そうですね、先ほどの町屋もかつては子供や大人の賑やかな声であふれて
(だけど狭い)、そんな状況だったのでしょうね。今は居酒屋、たしかに賑やか
ですが、そうおもうとちょっと寂しくもなります。

>「古い」というコトに、「良さ」を感じられる、ゆとりが大切ですね。
SAKANAKANEさん、ゆとり、そうですね。変わる速度が速すぎるとゆとり
を感じる余裕もないです。「古さ」は「ゆとり」にもつながるのかも。
いろいろ考えさせられます。
by MANTA (2008-02-22 18:52) 

ブログ訪問、ありがとうございます。
わたしもよく京都の町を歩くことが多いですが、
古い町屋の維持は、傍目から見ても苦労の連続
だろうなと思います。
今は効率ばかりが重視され、ゆとりと言うものが
この国からどんどん削除されていっている時代です。
ローカル線の廃止もそういう現象の一例でしょうね。
分からないでもないですが、やはりどこかに心の
拠り所となるべき「ゆとり」は消さずに、現代風に
リファインしてでも残しておいてほしいと思いますね。
by (2008-02-23 08:30) 

MANTA

- 寡蓮さん、コメントありがとうございます。
さりとて、国の保護の元、古い建物や鉄道を多大な税金や借金で残して
「ゆとり」というのは違うでしょうし、難しいですねぇ。

皆さんのコメントを拝見して、町屋や鉄道がもつ古き良き温かさとは「家族や
隣人、見知らぬ人が集って話ができる場所」にもあるように思えてきました。
都会には人はたくさんいますが、顔見知りでもそうでなくても、話せる場所
少なくなっている気がしませんか?
by MANTA (2008-02-23 10:04) 

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