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想定外の巨大地震だったのか? [ 知識ゼロから学ぶ地底のふしぎ]

私は地震学者ではないけれど、活断層の調査などを行ったこともあるので専門家の
端くれだ。そんな私に古い友人からメールを貰った。そこにはある問いかけがあった。
「なぜ想定外の大地震が起こったのか」「大地震を予測するのは困難だったのか」
他の多くの方も、専門家へ同様の疑問をお持ちかもしれない。
このブログに友人の返事を綴ってみたいと思う。
結論だけ最初に書くと、今回の地震は想定内だったが、想像外だったと私は思う。

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今回の地震にはさすがに驚いた。驚かなかった専門家はいないだろう。
まず、東北地方太平洋沖地震のおさらいをしよう。地震発生(3/11 14:46頃)から
約1.5日分の余震分布を下記に記す。
japanquakemap_com.jpg
http://www.japanquakemap.com/というサイトより。
 どれくらいの大きさの地震がいつ起きているか、アニメーションで見られる。

余震分布を断面図にすると、右から太平洋プレートが押し寄せて、左側の日本列島の下に
潜り込む様子がよくわかる。その境目の逆断層=プレート境界で今回の巨大地震が発生した。
depth.jpg
http://earthquake.usgs.gov/earthquakes/eqarchives/poster/2011/20110311.php

ではこのプレート境界は本震発生時にはどのように壊れて滑ったのだろうか?
実は一気に、一様に、滑ったわけではなさそうだ。下のアニメーションを見てほしい。

http://seismology.harvard.edu/research_japan.html より

赤い部分が今回の本震で大きく滑った場所。色が濃いほど、滑り量がおおきい(値は
示されていないが、最大で20m程だろう)。プレート境界が一様に滑ったわけではなく
なぜかパッチ状に、しかも北から順番に、ズルリッと大きく滑った場所が点在している。
このパッチ状の滑り域については、研究者はその存在を知っていた。
これがいわゆる「アスペリティー」だ。

※詳しくはこちら→ http://goto33.blog.so-net.ne.jp/2008-02-10

このように普段は固着しているが巨大地震の時に一気に滑るプレート境界部=アスペリティー
と考える仮説は、阪神淡路大震災以降に注目された。現在は、アスペリティーがどこにあって
アスペリティー形成の要因はなにか?について研究者たちは興味を持ち、力を注いでいる。
なぜならアスペリティーが巨大地震の源ならば、アスペリティーの大きさがわかれば、将来の
地震の大きさが予測できる。またアスペリティーの周りでの「ゆっくりすべり」や微小地震活動
の様子から、「いつ地震が起きそうか」といった予測まで可能となるかもしれない。
※詳しくはこちら
  http://goto33.blog.so-net.ne.jp/2006-12-09
  http://goto33.blog.so-net.ne.jp/2006-12-11

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ではなぜ今回の巨大地震はここまで大きかったのか?
上記のアニメーションを見てわかるように、今回はひとつのアスペリティーが破壊
しただけでなく、複数のアスペリティーがドミノ倒しのように順番に破壊していき、
マグニチュードも被害も大きくなったといえる。
●東北沖大地震:政府の想定超す、4領域が連動 従来は個別で評価
 http://mainichi.jp/select/weathernews/news/20110312ddm005040084000c.html
これら個々のアスペリティーは、過去に単体で破壊してM7クラスの地震を起こした
アスペリティーと一致するようだ。今回は単体ではなく、連動・ドミノ倒しとなったわけだ。
●地震予知研究の現状と展望(東大地震研, 2000年)
 http://www.eri.u-tokyo.ac.jp/YOTIKYO/highlight/h12highlight7.htm
 ※図3:余震域から推定された三陸沖における大地震の破壊域
 http://www.eri.u-tokyo.ac.jp/YOTIKYO/highlight/fig3.JPG
このような「アスペリティーの破壊が連動する」現象はこれまで知られていなかったか?
といえばそうでもない。有名なのは今回の三陸沖ではなく、西南日本沖の南海トラフ沿い
の巨大地震である。
●想定東南海地震の想定震源域(地震調査研究推進本部)
 http://www.jishin.go.jp/main/yosokuchizu/kaiko/k24_tonankai.htm

それでは三陸沖ではアスペリティー連動型地震はなかったかといえば、あった。
青森県沖では1968年と1994年に大きな地震が起きているが、近年の研究の結果、
前者はアスペリティーが2つ、後者は2つのうち1つが破壊したことが分かっている。
●地震予知研究の現状と展望(東大地震研, 2000年)
 http://www.eri.u-tokyo.ac.jp/YOTIKYO/highlight/h12highlight7.htm
 ※図1:1994年三陸はるか沖地震と1968年十勝沖地震のすべり量分布と余震分布
 http://www.eri.u-tokyo.ac.jp/YOTIKYO/highlight/fig1.JPG
宮城沖地震についても上記の地震研資料によれば、宮城沖に2つのアスペリティーがある
可能性を指摘した上で、「次の宮城県沖地震は両方の領域を破壊する可能性もあり,今後
の重要な検討課題である.この問題は,アスペリティーの連動性とも関係している」とある。

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一方、過去の津波調査の結果からも、今回のようなアスペリティー連動型地震が三陸沖で
起きる可能性は指摘されていた。
●西暦869年の貞観地震・津波について(東大地震研)
 http://outreach.eri.u-tokyo.ac.jp/ul/EVENT/201103_Tohoku_DanwaDrSatake_Jogan.pdf
 ※東大地震研のサイトには、今回の地震の情報が続々と上がっている。
  http://outreach.eri.u-tokyo.ac.jp/eqvolc/201103_tohoku/#danwakai

上記によれば、地質調査の結果、過去に海岸線から内陸約3~4kmまで津波が押し寄せた
らしいこと、長さ約200kmのプレート境界がズレれば当時の津波の様子が説明できることが
報告されている。長さ200kmは今回の東北地方太平洋沖地震の破壊域より短いが、想定
されていた宮城沖地震のアスペリティーのサイズを大きく上回り、連動型地震の可能性を
示唆するのに十分だ。

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以上をまとめると、研究者にとって、今回のアスペリティー連動型巨大地震と、それに伴う
巨大津波は想定の範囲内であったと言える。ただし三陸沖については、過去に3つ以上の
アスペリティーが動いたという証拠は乏しいようであり、多くの研究者の賛成を得た仮説には
至ってはいなかった。そういう意味では間に合わなかったとも言える。実際、津波については
下記のように巨大津波への長期評価や対策が始まったところであった。
●緊急寄稿『地層が訴えていた巨大津波の切迫性』
 http://scienceportal.jp/HotTopics/opinion/180.html

私見であるが、科学者にとっては頭の中では「想定内」であったが「想像外」であったとは
いえないだろうか?科学とは客観的事実の上に成り立つものであるが、事実を積み上げて
予測を立てるのは人間の仕事であり、想像力が必要である。ここまで巨大な災害には、
我々科学者の想像力が及ばなかったといえる。これは地方自治体や地元の方々も同じで、
ここまで大きな地震・津波は親や祖父母から聞いたことはなかったに違いない。結局のところ、
人間は自分の見聞きし、経験したことがすべてと思いがちだが、我々は自然をもっと知らねば
ならなかったと言えよう。

とりあえず今日はここまで。
次回は「予知はできなかったか?」と「今後研究者がすべきこと」について考えたい。
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乾物屋

 どこのまとめサイトよりよくわかりました。平時なら、丹念に調べる余裕もあるのですが、モバイルで昼飯食べながらチェックできて、感謝です。地震メカニズムの基礎的な理解がないと、今回のような余震が多いパターンは現場の安全確保が困難です。
 「日本沈没」での田所先生の発言だったと思うのですが「たとえ10分でもいいから・・・地震の基本的なことを・・・」と政府首脳に嘆願していたシーンを思い出し、夜中に「おなかがいたくなった原発くん」のDVDを焼いて社長と副社長・執行役員の個室に1枚づつ差し込んできました。(社長と副社長1名からはよくわかったとのメールをいただきました>あとのエライ方々は無反応でした)
    舵取りする幹部にエビデンスのある判断を望む乾物屋より
by 乾物屋 (2011-03-22 13:44) 

yao

わかりやすい解説ありがとうございます。

質問がありますが、可能な限りで結構ですのでお答えください。
今回は想定内の想定外規模の地震とのことですが、日本列島に相当なひずみの変化が起こったと聞いています。  断層型の地震は起きやすくなるのでしょうか?(そんなもん解るか!の声が聞こえてきそうです) これはやはり各断層の性格をしっかり調査しなくてはならないのでしょうか。ただ、ひずみの変化はGPS等で(表面の変化は)しっかり把握できそうと思います。地下の歪はどのように測定しているのですか?

教えてくんで申し訳ありません。
by yao (2011-03-22 16:19) 

MANTA

>どこのまとめサイトよりよくわかりました。
乾物屋さん、そう言っていただけるとありがたいです。一方で、お仕事の方、
大変そうにお見受けいたします。ネット視聴ではなく、DVDに焼いて配られる
あたりにご苦労が感じられます。余震も少し減っては来たかと思います。
お仕事が順調に進まれることを切に願う次第です。
by MANTA (2011-03-22 18:57) 

MANTA

yaoさん、ご質問ありがとうございます。今後地震が起きやすくなるかどうかは
次の記事でお答えいたしたいと思います。

>地下の歪はどのように測定しているのですか?
地下1km程度でしたら、井戸の底に歪計を入れて測っています。しかし、本当
の地下(例えば10kmなど)は、測定方法はありません。この場合はGPSなど
による広域の歪み場から地下の歪を予測するしか有りません。さらに歪では
なく、地下にかかる力そのもの(応力といいます)を直接測る方法は、ほとんど
ありません。なので天気予報と違って、地震予報は難しいのだと思います。
by MANTA (2011-03-22 19:00) 

yao

MANTAさん、早速のご回答有難うございます。

やはり地下の応力は無理なんですね。解ってたらとっくの昔に地震予知できてるわ!! でしたか。
何とか地下応力測定できる方法があればいいのでしょうが、何百年、何千年という長い動き、とんでもなく高い圧力の測定は人間が作った機械では媒体が固体である岩石の応力測定は無理なんですね。マントル構成する岩石はマントル対流する、長い目で見れば流体なのに。

所詮自然の営みには無力なんですね。 _| ̄|○

でもいつか、このような被害を2度と繰り返さない為にも、地震予知できることを祈ります。また、防災対策も併せて行って欲しいものです。
(スーパー堤防は勘弁)



by yao (2011-03-22 19:50) 

optimist

研究者とエンジニアの違いとして感じる時もありますが、ある事象に対し、可能性や原理を突き詰めて研究することで解を得るという方法と、許容されるリスクを取って実現化するという方法に近い物を感じました。
地震を研究する者にとって、今回の地震は想定しうる範囲であった。しかし、原子力発電所を設計、運用するにおいて、想定するにはあまりに例外的な大きさだった。というのもあるのかな~と。

結局、何処までの地震や災害を想定するかですが、極端な話ツングースカ爆発みたいな隕石が、原発を直撃しても耐えられるとは、仮に最新の原発であっても考えられませんから・・・。
by optimist (2011-03-22 22:50) 

MANTA

>人間が作った機械では媒体が固体である岩石の応力測定は無理なんですね。
yaoさん、お返事が遅くなりました。応力(圧力)を測ることそのものは難しくは
ないです。地震が起きるような深さ(今回の場合は20-30km)にセンサーを
設置することが難しいのだと思います。

>研究者とエンジニアの違いとして感じる時もありますが、ある事象に対し
>可能性や原理を突き詰めて研究することで解を得るという方法と、許容
>されるリスクを取って実現化するという方法に近い物を感じました。
optimistさん、後者のような「工学的な地震予知」に取り組んだ方々を
私は何人も知っていますが、うまくいっていません。まだまだ「現象をちゃんと
理解する」というフェーズにあり、この点は理学でも工学でもないのでしょう。

by MANTA (2011-03-28 01:33) 

MANTA

補足です。筑波大学のサイトにも、今回の地震の時の破壊の様子がUPされて
います。断層のすべりは最大で23mだそうな!
●2011年3月11日東北ー太平洋沿岸地震(筑波大学)
 http://www.geol.tsukuba.ac.jp/~yagi-y/EQ/Tohoku/
by MANTA (2011-03-30 08:20) 

MANTA

補足その2:
下記を読んで、上記の「想定」と「想像」の語意について改めて考えた。
●「想定外」が無くならない真の原因
 http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/Watcher/20110920/368939/
なるほど、想定外には2種類ある(以下、引用)。
1)想像もできなかった/事前調査では可能性が想起できなかった
2)想像したけれども、対策を講じようとしなかった
今回の場合は、部分的に想像できたが、想定はしていなかったと言えよう。
なので、私の記事の結論は「想定外だったが、一部想像内だった」というのが
正しそうだ。どうも想像と想定が入れ替わっている。日本語は難しい。
by MANTA (2011-09-30 17:59) 

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