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「専門家」の悩み [ 科学コミュニケーション]

その道の専門家が、どこか公の場で話をする場合は常に悩みが付きまとう。
専門家としては、誰も知らない最新情報を、できるだけ多くの人に知ってもらいたい。
しかし、専門性の高い情報は、専門外の人には理解してもらいづらい。
「情報の先端性」と「分かりやすさ」は相反するケースが多いようである。

これは科学者に限った話ではなく、報道に携わったことのある方にも共通のようだ。
新規作成_1.jpg
ニュースと言っても、すべてが「新情報」ではない。

●テレビの終わりの始まり(アゴラ)
 http://agora-web.jp/archives/1162986.html
●池上彰というイノベーション(「池田信夫Blog」さん)
 http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51659335.html
上記のうち、私が印象的だと思った部分を一部抜粋してみよう。
(括弧内は私が付けた補足です)
・テレビの視聴者は1000万人単位なので(中略)、なるべくレベルの低い視聴者をねらう
 のがコツだ。NHKの場合は、池上彰さんのように超初歩的なことから解説する。
・もちろん知っている人にとっては、池上さんの話はほとんど情報がない。
・(報道とは)1億人に理解できなければならないという建て前があるので、無知な上司の
 レベルにあわせなければならない。
・不毛な解説に番組の8割が費やされ、最先端の情報は「わからん」と(上司に)落とされる。

ここだけ読むと、そのような”不毛な解説”する池上彰氏(いわゆる「いい質問ですねぇ」で
有名なお父さん)を池田氏が批判しているように取れるが、そうではない。上記のBlogで
「こういうNHKの表現の幅の狭さが大きらいだった」とあるように、池上氏とはまた異なる
スタンスで行ってきた「情報伝達」について、池田氏が自らを回顧しているのである。

池上彰の学べるニュース

池上彰の学べるニュース

  • 作者: 池上 彰
  • 出版社/メーカー: 海竜社
  • 発売日: 2010/05/27
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)


池田氏の気持ちは、科学者である私にもよく分かる。「専門家」たるもの、興味は常に最先端
にあり、それを伝えるにあたって長々と「これまでの経緯」の解説をしたくない。例えば学術
論文では「過去の研究の成果」と「新しい成果」の説明量はおよそ3:7程度であろう。
ところが、一般的な報道においてはむしろ逆で、旧情報:新情報=7:3であるらしい!!
下記の本でそれを読んだ時、非常に驚いた。朝日新聞がお嫌いな方もおられると思うが
(私もだ)、それは抜きにして、一般向けの情報発信とは何かを考える時に参考になる1冊
であると思う。なるほど、この本に書かれている通り、新聞記事では、1行また1行と進む度
に数万人ずつ、続きを読まなくなる読者が増えて行くだろう。新聞記者が、如何に人を惹き
つけ続けるかに腐心する様子がよくわかる1冊である。

情報のさばき方―新聞記者の実戦ヒント (朝日新書)

情報のさばき方―新聞記者の実戦ヒント (朝日新書)

  • 作者: 外岡 秀俊
  • 出版社/メーカー: 朝日新聞社
  • 発売日: 2006/10
  • メディア: 新書


「最新情報へのニーズがそんなに少ないなんて…」と、思いをめぐらしてみると、確かに大学
や研究所の一般公開などでは、7~8割の人はただ展示物を触ったり眺めたりするだけだが、
2~3割の人は展示ポスターの内容について質問をしたりする。どうやら新旧情報比=3:7
の秘密は、一般の人が平均的に3割の新事実に興味があるということではなくて、最新情報
に触れたいと積極的に思う人が3割程度、残る7割の人は自身が知らなかった(あるいは
聞いたけど忘れた)一般的な知識に触れる行為で十分満足なのだろう。
(とはいえ、興味をもって「入り口」に入ってくれただけでもありがたいことである)

本記事のテーマである「科学コミュニケーション」に関して結論だけ書いてしまえば、新聞等
の一般向け文章と、学術書向け文章は違って当然で、読者層を勘案しながら書き分ければ
よい、となる。しかし、科学者はそのような教育を(おそらく1度も)受けずに育っていく。学術
論文の書き方は卒論・修論などの過程で身に付くので、結果として専門家が「専門バカ」に
なるのは自然の道のりである。仮に教育を受けたとしても、専門性だけを追求したい、成果
は分かる人にだけ伝えたい(分からない人はバカだ!)と主張する人も少なくないだろう。
そんな科学世界では、近年は「科学コミュニケータ」という職業が登場し、浸透しつつある。
(たとえば、日本科学未来館: http://www.miraikan.jst.go.jp/linkage/training/

報道の場面にも似た事情はあるようで、前出の池田氏は、池上氏をこう称賛する。
「彼(池上氏)はNHKの大事なノウハウを活用して、民放も気づかなかった新しい市場を
 開拓したイノベーターなのである」(池田信夫Blog)
科学コミュニケーションにとっても「池上彰」が必要である。私には到底無理な話だが、
昨今のサイエンスカフェブーム等をみていると、近いうちに現れることを期待したくなる。

----
…と、ここまでを先週書いていたのだが、週末にこんなニュースが。
●池上彰氏TV“卒業”…今後は執筆業に専念
 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110107-00000011-sph-ent
当の池上彰”お父さん”自身も、テレビ出演を減らしたいそうな。専門家はやはり専門家。
「情報の先端性を磨く」仕事と「分かりやすく伝える」仕事のバランスは難しいものだ。
(あるいは「テレビ」があかんのか?)

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yao

池上彰氏の功績は検証してみると素晴らしいことだったんだなぁ。
彼の功績は新しいマーケットの開発ですか。

確かに一介の営業とすれば、技術者なのか決済者なのかにより説明を仕分ける必要あったもんなぁ。 自分の営業方法にも検証必要だな。
営業の科学的解析。
営業的攻略のノウハウ本作れそうだ。まあ、作らないけど(笑)
7/3 と 3/7 ですか。

参考にしなきゃ。

池上さんはジャーナリストの立場が本来のポジションなんですね。ということは、今の池上さんのポジションは誰が取って代わるのだろう?
と思ったら こんな記事が。

http://news.www.infoseek.co.jp/search/story/11fujizak20110111004/%25C3%25D3%25BE%25E5%25BE%25B4/

ネタばれですが、ロンドンブーツの「淳」さんですと。


by yao (2011-01-19 13:13) 

MANTA

>営業の科学的解析。
yaoさん、そういう意味では科学者に必要なのは「科学の営業的解析」ですね。

リンク先も拝見しました。ロンブー淳ですか。悪くはないですが、池上さんが
凄かったのは、いろんな質問に即答すること。もしもあれが台本があってのこと
ならば、その構成作家さんがいる限り、第2・第3の池上さんは現れるでしょうが
台本なしでやっておられたのでしょう。池上さん以外には今のところ、あの
TVショーはできそうにはありません(別の形になるでしょうね)。
by MANTA (2011-01-21 12:21) 

yao

>科学者に必要なのは「科学の営業的解析」
なるほど。  最強の科学者出現か?

確かに池上さんは、即答ですね。またその言葉に澱みがない。
素晴らしい記憶力と理解力ですね。
うる覚え程度ならできるが、しっかりとした固有名詞、専門用語、また、背景に対する配慮(これが一番難しい)。
たしかに素晴らしい。
by yao (2011-01-21 15:55) 

MANTA

>うる覚え程度ならできるが、しっかりとした固有名詞、専門用語、また、背景
>に対する配慮(これが一番難しい)。
そうですね。私も「あれってこうだっけ」とおしゃべりをしてみたものの、実は
数字が違っていたりして(特に政治や経済関係)、うろ覚えだなぁといつも反省
しています。池上さんはやっぱりすごい!

by MANTA (2011-01-22 10:22) 

安井美由紀

とても面白い記事だと思います。新情報は30%より少し多いと思っていました。40-45%ぐらいという感じでした。でも、やっぱり、自分が得意分野だと新情報があっても、それに対しての疑いとかも生まれてきますね。自分があまり詳しくないことは全部新情報に聞こえます。
by 安井美由紀 (2013-10-11 03:42) 

MANTA

コメント、ありがとうございます。

>でも、やっぱり、自分が得意分野だと新情報があっても、それに対しての
>疑いとかも生まれてきますね

!!
ちょっと前にやったメガクエイク…
あと海底資源…
最近はNHKの番組を素直に見れない自分がいます(^^;)

>自分があまり詳しくないことは全部新情報に聞こえます。
そうですね。
で、周りの人に「知ってる?」って聞いてみんな知ってたりすると、
ガックリきますよね~!

by MANTA (2013-10-11 19:36) 

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