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本気!? 電離層で地震を予知する(2) [ 知識ゼロから学ぶ地底のふしぎ]

前回の地震予知連載の続きです。北海道大学の研究により、地震の前に電離層
に異常が発生するらしいことが分かりました。ではこれを地震予知に利用できるのか?
しかし、そう簡単ではなさそうです。

理由その1:「異常」の判断基準がない。
fig1.jpg
(Wikiの「磁気嵐」を参考に作りました)
前回記事の3つ目のグラフでは、なだらかでない変化が「電離層の異常」と考えられます。
これ以外の時間帯のデータについて、知人のGPS研究者に見せて貰う機会がありました。
その研究者の方いわく、「あのような地震直前の異常な変化はめったにない」とのこと。
でも一緒にデータを眺めるとそうでもない。あれも異常?これも異常?っていう感じで、
地震の前1~2日には同様の異常と思える変化がたくさんありました。
実はこの時、たまたま磁気嵐が来ていたのです。上の図のように、太陽で爆発(フレアー)
が発生すると、地球にはプラズマが飛んできます。地球は磁石なので、プラズマは複雑な
経路で地球の電離層に影響を与えます(わかり易い例がオーロラですね)。これを磁気嵐
と呼んでいます。電離層の電子の数は磁気嵐の時に変化しますので、GPSのデータにも
異常が出るのです。このため、現状では地震直前の異常だけを抽出することは困難です。

ちなみにNASAも日本周辺の電離層異常を検出していたようですが、異常の期間は
上述の磁気嵐の期間と一致するので、これは地震の前兆ではないと思います。
●東日本大震災直前に震源上の大気と電離層に異常が ?
 http://slashdot.jp/science/article.pl?sid=11/05/20/0116210
 http://www.technologyreview.com/blog/arxiv/26773/

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理由その2:地震の前にいつも「異常」が出るわけではない。
例えば次の資料にはこうありました。
●内陸地震に先行する電離圏変動:GPSによる検証
 http://www.ep.sci.hokudai.ac.jp/~geodesy/pdf/Sugawara_Msc_Thesis.pdf
”岩手宮城内陸地震は太陽活動度の低い時期かつ内陸浅部で発生した最大級の地震であり、
地震に先行するTECの変動を観測するには絶好の機会であった。しかしTECでの前兆は一目
でわかる明瞭なものでなく、GPSによるTECの監視は我が国の地震予知に必ずしも実用的
ではないかもしれない。”(2009年2月)
これは今回の電離層異常の検出に成功した北海道大学の研究室の「修士論文」の一部です。
やはり、一筋縄ではいかない様です。ただ最近、北大のグループは電離層の異常が出た
地震と、出なかった地震をまとめていて、M8を超える地震でないと異常が出ないようです。
fig2.jpg
(※ 「日本地震学会ニュースレター」Vol.23 No.2表紙より:一部加筆)
http://www.zisin.jp/modules/pico/index.php?content_id=2252
この規則性はとても興味深く、「なぜ電離層異常がでるのか?」について重大なヒントを
与えると思います。一方で、M7クラスの地震では電離層には異常は出ないようで、今回
の余震をもってしても、電離層異常の検証は出来なさそうということになります。ちなみに
M8以上の地震の頻度は、世界中で年1回程度です。

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理由その3:電離層異常は「間接的な現象」である。
下記は読売新聞の記事の図ですが、
新規作成_0.jpg
地殻に溜まった歪によって「なんらかの」現象が地下に発生し、その結果、電離層に異常
がでたのだろうと考えられています。しかし以前「ラドンで地震予知」でも書きましたが、
「風が吹けば桶屋が」的な現象は地震予知には向きません。「前兆が出たり出なかったり」
が起きるからです。ならば、地下の「なんらかの」現象を地中や海水中で測定する方がより
直接的で有望でしょう。またもっと小さなマグニチュードの地震に伴う前兆も検出できるかも
しれません。…ということを北大の先生ご自身も述べておられます。
●GPS衛星を利用した地震予知の最前線に迫る(洋泉社MOOK 2011/09/05)
 http://www.ep.sci.hokudai.ac.jp/~heki/news/20110905_yosensha.pdf
 ※上記の末尾を参照。

ところで今回の地震の震源は海底でした。なので上図のような地面の微妙な振動が大気を
揺らして電離層を変化させる、という説はダメでしょう(海水がありますからね)。ラドンの異常
が電離層まで届くという説もダメです。ラドンは水に溶けるからです。同様にプラズマが地中で
発生するという説もダメです。地面の発熱が電離層を、というのもやっぱりダメ。唯一可能性が
あるのは、震源域でなんらかの電気エネルギーが発生して、それがコンデンサー的に電離層
に電子数異常を引き起こしたという説でしょうか。しかし今回の電離層異常は電子数が増える
センスのみだったので、大地も静電気がたまるような感じでないといけません。しかし大地は
「アース」であり、静電気が1箇所にたまりにくいです。うーむ…

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ということで、私自身は本手法が地震予知にすぐ使えるとは思いません。
ただ今回の観測結果は、地震発生前に地殻の中で何が起きているか、きちんとモデル化
するチャンスを与えてくれています。また地中や海底での長期の電磁気観測はずいぶんと
勇気づけられることでしょう。ぜひこの謎を解き明かしてみたいですね。そうすると、いままで
多数報告されていた地震前の怪しげな電磁気現象にも決着がつくかもしれません!?
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乾物屋

固体試料の電子密度の差をX線CTのエネルギーを変化させて調べる実験を
約30年前にやっておりましたので、興味深く読ませていただきました。
のたうつ日本列島を、海洋と大気をとおして観測する難しさや、誤差への
考え方など、スケールの大きさとモデル化の特殊性が伝わりました。

文献検索すれば研究成果は入手できても、わかりやすい解説は難しいし
MANTAさんのブログは、私にとって貴重なアーカイブとなっております。
by 乾物屋 (2011-08-21 13:20) 

China Rose

M7以上としても、大きな一歩ですね。ゼロと1とじゃ大違い。何が使えるか、わかってくるといいのですけど。

宏観異常現象なのですが、以前書いておられたように、夜みた夢を朝になって遡行して再構築するような例が多く、それを前兆と受け取る側に帰する問題も多いように思います。

でもエビデンスとして使えるものはまったく無いんだろうか。宏観異常現象そのものが主観的すぎ、それらの定義それ自体が難しい上に、複雑に絡み合う要素が多すぎて関連を見つけ出すのが難しいのはわかります。

ただ、トランプとワタシの恋愛には直接的な関連はないけれど、占いとして成立させる背景には何か意味があるかも知れない。たとえば、「ウチの爺様が腰が痛いと翌日雨になるといっていた」的な伝承(現象?)があることとか。「あれだけのことがあるなら、何らかの予知機構が生体を守るために働いていいはずだ。どうなってんだ私の本能!」みたいな気持ちの悪さがあるからなのではないかとか。
ウチの爺様の腰痛もすべて天候と一致するとは限らないのですが、生活の要素がシンプルなぶん、分析すると何らかの傾向がでるかも知れません。狭い地域に限れば、歴史的な言い伝えに残る宏観異常現象には、分析を整理すれば何らかのヒントはあるとかいうことはないのかしらん。
後者は、いっそ「生体は、天災から自身を守る予知機構を持たない」と断言できるのであれば簡単だなあ。もし、「狭い地域の微気象には対応しているが、一定の大きさを超えるものには対応できない」とかいうことになると、生物の適応の見方へのヒントがある気がするんですけど。

以上、術語らしいものは、すべて素人のデフォルメによるなんちゃって比喩で用いています。もはやアフォーダンス(あっまたコラ!)、ゴメンナサイ。


by China Rose (2011-08-21 15:52) 

MANTA

>固体試料の電子密度の差をX線CTのエネルギーを変化させて調べる実験を
>約30年前にやっておりました
乾物屋さん、なんとなく観測の難しさの雰囲気をわかっていただけて嬉しいです。
はてさて、これからどうなりますやら。

----
>M7以上としても、大きな一歩ですね。ゼロと1とじゃ大違い。何が使える
>か、わかってくるといいのですけど。
China Roseさん、M7クラスじゃなくて、M8クラスでないと異常がでない
ようです。なので解明への道はまだかかりそうではあります。

>宏観異常現象なのですが(中略)
>エビデンスとして使えるものはまったく無いんだろうか。
あ、これはいずれこの連載で書こうと思っていたことです。
じゃあ近日中に書いてみましょうか?
by MANTA (2011-08-21 20:23) 

China Rose

二度コメ失礼します。M8でした、失礼しました。
気仙沼の大津波も6000年に一度きていたとか。一年に一度でも、積み上げていけば、他に付随する要素が見つかってくるんじゃないかと期待します。

今年は、どうもいわゆる環天頂アークとか環水平アークとかをよく見る気がするのです。5月が多かったかな。平年の正確な出現数は知りませんが、そう珍しくない現象のようではあります。4月7日夜の(現在のところ)最大余震の日の昼すぎ(午後2時半ぐらい?と聞いています)、多くの知人がそれを見、写真におさめています。そして雑駁に「虹の雲が出たら危ない」みたいな覚え方をしているようでした。(私はその日は寝ぼけていました)当然、アークが出ても地震が起こらない日は多々あります。

…ふと思い出す日本昔話。親切なおばあさんに「神社の狛犬の眼が赤くなったら逃げなさい」と旅人は去った。毎日神社へ来て胸をなでおろすおばあさんを嘲笑う若者がいたずらで眼を赤く塗った。それを見て村を逃げ出すおばあさん一家。それを笑う者たちに危険が…という…。これだってエビデンス。

「虹の雲」で愚直に逃げ出していたら、現代の生活では割が合わな過ぎます。ただ「オオカミ少年」のたとえのとおり、逃げるのを止めてしまわない限り、いつかは「当たる」(かもしれない)、そして「伝承」となる。その中から、逃げるべき(比喩としての)「虹の雲」を確定し、「逃げ出す手間を省く」ことができるのが、科学の一つの効果なのかもしれません。

どうやら長文を書く傾向が出てきましたので、少し蟄居し反省いたします。楽しみに拝読しておりますので、ではまた。
by China Rose (2011-08-22 09:10) 

MANTA

>ただ「オオカミ少年」のたとえのとおり、逃げるのを止めてしまわない限り、
>いつかは「当たる」(かもしれない)、そして「伝承」となる。
China Roseさん、そこが難しいのですよね。いま、地震学会のメーリングリスト
でも「どうすればいい?予知情報の伝え方」について熱い議論がかわされて
います(いまさらMLでの議論かなぁ?とも思いますが。Twitterでやれば
よいのにね)
by MANTA (2011-08-25 18:22) 

Kuikuga

こんにちは。
わたしは、この手の研究者が全て「事後の自己申告」で予知したと言い張っているだけで、その後の予知が当たっていないことが全てを物語っていると感じています。

以外と客観的な的中率の検証が少ないのですが、このあたりは次のサイトに詳しいです。

http://juninamiya.fc2web.com/
by Kuikuga (2012-02-29 09:38) 

MANTA

Kuikugaさん、リンク先のご紹介、ありがとうございます。
リンク先のご主張、概ね同意します。

>この手の研究者が全て「事後の自己申告」で予知したと言い張っているだけ
いわゆる「事後予知」ですね。過去にこのブログでもとりあげましたっけ。
http://goto33.blog.so-net.ne.jp/2009-08-23

ご紹介の手法は電通大の早川先生が考案されたもので、これを民間企業
と共同で運営しつつ、有料の予知サービス提供を行なっています。つい先日
の「ワールドビジネスサテライト」でも大きく取り上げられていました。
ただ産学官連携共同研究とのことですが、運営会社取締役の山口氏は
早川先生の教え子さんですね。社員さんにもお懐かしいお顔がちらほら。

電離層は地震で変化するかもしれませんが、他の理由でも変化します。
また仮に電離層が地震にともなって変化するとしても、本記事(上)に書いた
ように、メカニズムの理解なしに、地震を予知できるとは私には到底思えま
せん。悪口でなく正直な感想ですが、早川先生が行われている予知方法は
「夕焼けがきれいだから明日は晴れる」という天気予報と変わらないように
私は思っています。それでもお金を払いたい人がいるかもしれません。

by MANTA (2012-03-02 18:07) 

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