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大津波警報は大げさだったのか? [ 知識ゼロから学ぶ地底のふしぎ]

みなさんご存じの通り、27日に発生したチリ沿岸部で発生した巨大地震に伴って
発生した津波は、太平洋を17000kmも横切って、日本に昨日襲来した。


この津波に先立って、気象庁は太平洋沿岸に大津波警報と津波警報を出した。実際、
最大で1.2mの津波が観測されており、沿岸の町や漁業施設に被害が出ているようだ。
●チリ巨大地震、日本に大津波・津波警報 最大1.2メートル観測(CNN)
 http://www.cnn.co.jp/science/CNN201002280001.html

しかし一部では「大津波警報は大げさだったのではないか?」との意見があるようだ。確かに
昨日は朝から晩までほぼすべてのTV画面には津波警報のアラートが表示されていて番組は
見づらかったし、沿岸を走る鉄道が運休したため休日が台無しになった人もいるだろう。
その結果、10cmだの、1mだの高さの津波。「これじゃ台風の時の波の方が高いんじゃね?
大津波って、↓↓こんなのをイメージしてたのに、ぜんぜん大したことないじゃん!」ってね。

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果たして 大げさだったのだろうか? 簡単に検証してみよう。

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まず今回の地震を考える前に、1960年に起きたチリ地震を振り返ろう。これは観測史上
最大のマグニチュード(モーメントマグニチュード)9.5を記録した巨大地震として知られており
その時の津波は日本にも到達、その高さは三陸沿岸では最大8mに達したそうだ。
●災害はどこで起きているか(防災基礎講座:防災科学技術研究所)
 http://www.bosai.go.jp/library/saigai/s16chile/chiletunami.htm

今回のチリ地震は、1960年の巨大地震と同じような場所で起きているが、地震の大きさを
示すマグニチュードが違う。モーメントマグニチュードは8.8であり、前回の9.5より0.7小さい。
●米国地質調査所のサイト
 http://earthquake.usgs.gov/earthquakes/eqinthenews/2010/us2010tfan/

このマグニチュードの差から、非常に大雑把ではあるが今回の津波の高さを予測してみよう。
(今回は式が出てきますよ~)
まずマグニチュードの0.7の差は、地震の波のエネルギーに換算するとどれくらいだろうか?
簡易な計算では、マグニチュードがa増えると、エネルギーは1000^(a/2)倍になることが
知られていて、とても便利な式だ。今回のチリ地震ではマグニチュードの差 a=0.7なので、
地震の波のエネルギーは、1960年のチリ地震の方が 1000^(0.7/2) = 約11倍大きい。

次に地震の波のエネルギー(M)と、断層面の広さ(S)&断層のすべった距離(D)の関係に
注目しよう。これも簡単な関係式があって「MはD*Sに比例」する。もしも今回のチリ地震が
1960年のチリ地震の「ミニチュア」であり、b倍に縮小されたものだとすると、b=(1/11)^(1/3)
= 約0.45。 つまり、今回の地震での断層のすべり量は、1960年の時の約0.45倍である。
fault.jpg
   地震の時にすべった断層面の広さ”S”とすべり量”D”

最後に、津波の大きさは海底の地殻変動の大きさに依存しており、海底の地殻変動の大きさ
は断層のすべり量に依存するので、すごく単純に考えると(実際はもう簡単な比例関係など
成り立たないけれど無理やり考えると)今回発生する津波の高さは、1960年の津波の0.45倍
程度の高さになる。1960年の時は最大波高は8mだったので、8*0.45=3.6m。大雑把な
計算だけど、3m以上の大津波が三陸を昨日襲っていた可能性はあったのだ。

もちろん上記は荒っぽい見積もりである。例えば地震の時の断層面の広さ S が比較的大きい
場合は、すべり量 D は小さくなるので、同じマグニチュードの地震でも津波の波高は小さくなる
だろう。また断層面が海底下深くにあれば、同じ量の断層すべりでも海底地殻変動は小さい
ので、津波の波高も小さくなる。実際、今回の津波は波高1.2mが最大だったのだから、
こういった状況が実際に起きていた可能性は十分に考えられる。 しかし逆に考えれば!
断層面の広さSが小さくすべり量Dが大きかったり、あるいは断層面が海底下直下まで
達する場合は、津波の波高は3mより大きくなることも十分に考えられる。つまりは気象庁の
大津波警報はちっとも大げさではない、と私は考えている。

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あー長くなった。ようするに、津波をなめちゃぁ いかんということです。

たとえば台風の時の高潮との比較は禁物。瞬間的にザバーっとくる風波とは違い、津波時
は水位自体がみる間に上がってきて、町を浸水させるようです。たとえば漁港を考えて
みます。下記資料によると、岸壁と水面の高度差は概ね1.5~0.9m程度のようです。
●漁労が身体負荷に及ぼす影響とその評価について(漁港漁場漁村技術研究所)
 http://www.jific.or.jp/article_result/pdf_002/002_06.pdf   ※図-6を参照
今回は満潮時でしたので、仮に1.2mの津波が来たとすると、漁港近くの町は30cmの浸水
状態となります。大体計算どおりで、テレビでみた状態はこれですね。それが30分とか1時間
とか続いた後に、海水は一旦海に戻ります。この怖さはちょっと想像しづらいかもしれません。
私は荒天時に、調査船の甲板を多量の海水が走って行くのを見たことがあります。たった
10cmの水かさでも、容易に足を取られそうですし、いろんな物が流れてくるので危険です。
普段経験していない事柄に対して、人間はとても弱い生き物なのです。
そして時間がたつと、また津波が押し寄せて浸水。これを繰り返します。

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ただ、もっと効果的な津波警報の発表方法も必要だとは思いますよ。私自身、テレビ見てて
「ああ、いつになったら解除されるんかなぁ」と思いましたし。これが例えば台風だったらどうか。
TVの中継映像が晴天だったとしても、気象衛星の画像で「台風の渦」がバッチし写っていれば、
外出なんてしようとは思いませんもんね。このようなリアルタイム的なイメージ情報があると、
人間は視覚から「怖い」と感じますが、ない場合は津波警報にも信憑性が出ないようです。

津波についてもリアルタイムに、いまどの辺まで来ていて、この後どうなっていくのか、画像化
できるとよいですね。それは実はそう遠い未来の話ではありません。ウソのような話ですが、
津波が起きると→空気の層を押し上げるので→大気の上の方の電離層が押し上げられて→
陸上でGPSの電波の伝わり方に変化が起きるのです。これを逆に利用すると、津波が沖合の
どこまで来ているのか、陸地の観測から(!)リアルタイムに分かるかもしれません。
まさに「電磁気で地震予知」ではなく、「電波で津波予測」ですね。
●GPSによる電離層変動で到着を精密に見る(47News)
 http://www.47news.jp/CN/200307/CN2003070101000277.html
 ※下記に2003年の十勝沖地震の時の例がありました。
 http://www.ep.sci.hokudai.ac.jp/~geodesy/high_ion.html

この方法のよいところは、地殻変動観測などで活用されている陸上のGPSネットワーク
を用いた「副産物」であること、陸上の多数の点による観測が可能なことです。従来の様に
海底ケーブルを用いた海底圧力観測も(津波を沖合で早期に検知するという点で)効果的
ですが、お金がかかるので観測点数は少なく、今回の津波予測にもあまり活用されていない
印象です。今後、GPSと海底ケーブル観測をうまく組み合わせて、リアルタイム津波予測が
できると、仮に津波警報が長引いても我慢しようがあるのでマシですね。
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Working Dad Oversea

>しかし一部では「大津波警報は大げさだったのではないか?」
やはり、そういう批判が出たんですね?

たしかに、アメリカの対応と比較しても、やや慎重にすぎるきらいはあったような気がしますが、インド洋の大津波や三陸での津波被害を考慮すれば、ガバメントが慎重であるのは正解と思います。

記事とは全く関係がなくて恐縮なのですが、なんで日本人は細かいことに突っ込んだり、他人の揚げ足をとったりするんでしょうね。
日本人の一部は、ほんと肝が小さくて、人を批判することが大好きで、ちょっとでもあるべき姿(というよりも、その人が正しいと思う姿)からはずれるとギャーギャーと騒ぎ、理想と現実の違いを理解せず、他人が豊かであることを妬み、(その人にとっては不要でも、他の人にとっては)必要なことを無駄と言い、人間らしい生活をするのには必要とされるはずの他人が持っている「ゆとり」や「余裕」を、「贅沢」と言って排除したりするのか、アフリカから見ていると、ほんと、ばからしくなってきます。
それよりももっと有意義なことにエネルギーや思考を使えば、まだまだ日本は中国には負けないと思うのですけどね。その辺が、日本とヨーロッパとの違いのような気が、すごくします。

すっかり、本題から外れてしまいましたが、日本で良く耳にする「〇〇行き快速電車は、一分の遅れで△△駅を発車しております」というアナウンスに、キチガイじみたものを感じてしまう最近です。
飛行機が平気で数時間遅れる、というより、飛んでくれたらラッキーという環境にいると、「一分遅れたから、それがどないしたねん!」って感じです。
日本人は余裕がなさすぎで、他人に対して厳しすぎますね。
by Working Dad Oversea (2010-03-02 07:10) 

MANTA

Working Dad Overseaさん、はるかアフリカからありがとうございます。
>たしかに、アメリカの対応と比較しても、やや慎重にすぎるきらいはあった
>ような気がします
地震の時、津波はどの方向にも等しく伝搬していくわけではないです。
逆断層の走向に対して直角方向に大きな津波が発生します。
http://www.jma-net.go.jp/ishigaki/school/200402/tiritunami.htm
なのでアメリカでは津波は小さいけど、日本では大きくなります。

>日本人は余裕がなさすぎで、他人に対して厳しすぎますね。
でも欧米人や中国人も、他人に厳しいと思いますよ。だって見知らぬ誰かと協力して何かをやるってことはほぼ皆無ですから。一方、日本人には良くも悪くも「みんな仲良く」という協力する文化があるんだろうとおもいます。この件、昔に記事にしてました。
http://goto33.blog.so-net.ne.jp/2006-05-14
http://goto33.blog.so-net.ne.jp/2006-05-14-1
by MANTA (2010-03-03 18:39) 

すうちい

私は今回の3mの予報で良かったような気がしますけどね。
すでにかなりの備えができてるから街が水浸しになる程度で済みましたけど、50年前のままだったらリアス式の地域はやっぱり3mぐらいの津波になったんじゃないですかね。

なんで簡単に謝ってったのかが私は不思議です。
40㎝の深さがあれば人間なんて簡単に持ってかれちゃうのに。
by すうちい (2010-03-04 02:10) 

竜

こんにちは。私が先々週訪れていたのはチリではなく、オーストラリアとニュージーランドでした。ただ、双方の地での研究会でずっとチリのコンセプシオンにある某観測点の所長さん(ドイツ人)と一緒だったので、彼が被災していないか心配していました。ここ数日で情報が入り、ご本人とご家族は共に無事とのこと。ただ、地元のチリ人のスタッフの一人がまだ連絡取れず。関係者で心配しています。

GPSでの電離層観測を用いた津波モニタですが、確かに有望ではあります。が、難点は陸上で密な観測点がある場所って、太平洋の周辺諸国では、日本、台湾、ニュージーランド、米国&カナダの西海岸の一部、くらいなのです。チリは観測点はあるもののまだまばら。だからまだまだ不充分です。しかも、高精度な電離層検知は比較的陸地に近い場所でしかできないので、直前予測になってしまいます。つまり、太平洋のど真ん中でのリアルタイムモニタはできません。まだまだ開発途上で知恵が必要です。

by 竜 (2010-03-05 00:37) 

MANTA

竜さん、コメントありがとうございます。関係者がご無事であることをお祈り
いたしております。

>しかも、高精度な電離層検知は比較的陸地に近い場所でしかできない
>ので、直前予測になってしまいます。
直前予測でも私は良いと思っています。津波到着後の事後情報であったと
しても、津波が第何波まできそうか、第何波が大きそうか、一般市民でも
視覚的に理解できる可能性がありますので。
by MANTA (2010-03-05 08:14) 

MANTA

>50年前のままだったらリアス式の地域はやっぱり3mぐらいの津波に
>なったんじゃないですかね
すうちいさん、実際に今回の津波は大きくなかったようですよ。でも逆に、
前回と同じくらいの津波が来たら、防潮堤などは大した役には立たない、
ということも分かりましたね。

by MANTA (2010-03-05 08:19) 

化学系

私も大げさでなかったと思います。災害の警報は生命保険と同じ一面があって、「不幸の当たりくじ」要素が含まれていると思うので、3mでなくて良かった!と考えるべきだと思います。気象庁さんは立場上、傲慢に取れる発言は差し控えないといけないのでしょうから、ここは、外野=我々のがんばりどころかもしれませんよ!?
by 化学系 (2010-03-06 04:17) 

MANTA

>3mでなくて良かった!と考えるべきだと思います。
化学系さん、コメントありがとうございます。
一方で経済損失(時間の無駄)もありますね、そのはざまで我々日本人は
長年生きてきたとも言えるので、よりよい暮らしを守るため、「我々」の頑張り
甲斐があると言うところでしょうか?
by MANTA (2010-03-06 10:12) 

通りすがり

大変興味深い記事なんですが、残念ながら各行の
右側が、切れてしまって見えません。
例えば、3/6 10:12のMANTAさんのコメントの
下から二行目が、
守るため、「我
の部分で切れてしまっています。

このサイトだけなのかso-net全体がそうなのか
分かりませんが、ご確認いただけませんか?
使用ブラウザはFirefox3.6です。
by 通りすがり (2010-03-07 10:39) 

MANTA

通りすがりさん、ご指摘ありがとうございます。当方の持っているブラウザ
(IE7、Opera)で確認しましたが、問題なく読めるようです。お手数ですが
IE7やIE8で再度お試しください。

また、このブログで使用しているのは標準のスキン(デザイン)ですが、試しに
別のスキンを変えてみました。 いかがでしょ?
by MANTA (2010-03-07 16:53) 

LH2

お久しぶりです。
私は今回の気象庁の大津波警報・津波警報は適切だったと思います。
過去の津波のシミュレーション、などと違って、計算時間も限られ、観測地点も限られる状況では、安全側に傾くのは仕方ないと思います。

それに、今回は3mの予報で1m20だったわけで、余裕はわずか3倍弱。津波の波高が仮に1mでも、最大遡上高は数倍になることもあるので、そう考えればあながち余裕がない数字でもあるかと…。

PS:ところで、最近いろいろなニュースで「熱水が沸いた」「温泉が止まった」
というような記事を見かけるんですが、こういったことを地震の予知に結びつけることはやはり難しいんでしょうか。

静岡の温泉、水位370m低下
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/shizuoka/news/20100306-OYT8T00922.htm
琵琶湖底で堆積物噴き上げ確認 地殻変動?、長さ計1キロ
http://www.47news.jp/CN/201003/CN2010030801000461.html

地震以外のファクターによるノイズが大きすぎる、というのはあるかもしれませんが…。http://www.aist.go.jp/aist_j/science_town/natural/natural_03/natural_03_02.html
by LH2 (2010-03-08 23:59) 

MANTA

LH2さん、コメントありがとうございます。今回の津波警報で問題があると
すれば、情報の受け手が津波の怖さを感じられないような伝え方であった
ことでしょうか? 効果的な工夫が必要そうです。

>最近いろいろなニュースで「熱水が沸いた」「温泉が止まった」というような
>記事を見かけるんですが、こういったことを地震の予知に結びつけること
>はやはり難しいんでしょうか。
地下水変動から地震の予測を行おうという試みは昔からあって、成果も
あります。私の認識では下記の通りです。この連載でまた近いうちに記事に
したいと思いますのでお楽しみに!
・地下水は地震に伴って変化する。
・ただそれは地表付近の地面の歪を反映したもの
・地表付近の地面は、地震以外の原因でも歪むし、地震の時に歪まない
 時もある。
・従って一つの井戸では心もとない。多くの井戸の情報をあわせて定量化
 するとよいかも?
関連記事:http://goto33.blog.so-net.ne.jp/2009-05-07
これはラドンの例だが、ラドン測定では間接的すぎて地震予知は難しい。
地下水の測定はラドンよりましだがやはり間接的なので、どう定量化する
かがカギでしょう。
by MANTA (2010-03-09 08:40) 

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